マウスの腸内細菌を移植したら、身体が変わった――腸と「熱をつくる仕組み」の研究

マウスの腸内細菌を移植したら、身体が変わった――腸と「熱をつくる仕組み」の研究

Table of Contents

    Share

    マウスの腸内細菌を移植したら、身体が変わった――腸と「熱をつくる仕組み」の研究

    ある研究チームが、こんな実験をしました。

    寒い部屋で数日過ごしたマウスから腸内細菌を取り出し、それを、暖かい部屋で暮らしていた別のマウスへ移植したのです。

    移植されたマウス自身は、寒さを経験していません。

    それなのに、その身体では、熱をつくることに関わる脂肪組織に変化が起こりました。

    腸の中の“住人”を入れ替えただけで、寒さへの適応に関わる身体の変化が現れた。

    2015年、Cell誌に発表されたこの実験は、「腸内細菌」と「身体の熱づくり」という意外な組み合わせを示しました。

    今日は、この研究を入り口に、腸と身体の「熱をつくる仕組み」を見ていきます。

    寒いと、身体はどう反応する?

    寒さを感じると、身体は熱をつくって体温を保とうとします。

    よく知られているのが「震え」です。

    筋肉を細かく動かし、エネルギーを熱に変えています。

    もう一つ、あまり知られていない仕組みがあります。

    それが、脂肪組織です。

    一般的な白色脂肪は、エネルギーを「ためる」役割を持ちます。

    一方、褐色脂肪と呼ばれる脂肪には、エネルギーを「熱として使う」働きがあります。

    さらに、普段は「ためる側」の白色脂肪の一部が、条件によって熱をつくりやすい性質に近づくことがあります。

    これを研究の世界では「ベージュ化」と呼びます。

    難しく聞こえますが、

    「エネルギーをためることが中心だった脂肪の一部が、熱をつくる側の性質を持つようになる」

    と考えると分かりやすいと思います。

    実験の中身――腸内細菌を「移す」

    2015年のCell誌の研究(Chevalier et al.)では、マウスを6℃の寒い環境に最大10日間置きました。

    すると、腸内細菌の構成が大きく変化しました。

    ここまでなら、

    寒さ

    腸内細菌が変わる

    という話です。

    研究チームは、その先を調べました。

    寒さで変化した腸内細菌を、無菌状態で育てた別のマウスへ移植したのです。

    すると、寒さを経験していないはずの受け手のマウスに、

    ・グルコース代謝に関わる変化
    ・寒冷環境への適応に関わる変化
    ・ベージュ脂肪の形成

    などが確認されました。

    腸内細菌を移しただけで、寒さへの適応に関わる変化が身体に現れたのです。

    ここが、この研究の非常に興味深いところです。

    「寒さが菌を変えた」だけではなかった

    単純に考えると、

    寒い

    身体が反応する

    腸内細菌も変わる

    という一方向の関係に見えます。

    しかし、腸内細菌を別のマウスへ移したことで身体側にも変化が起きました。

    つまり、

    寒さ

    腸内細菌が変わる

    その変化が身体の代謝や熱づくりにも関係する可能性

    が考えられるようになったのです。

    腸内細菌は、単に身体の環境変化を受けるだけの存在ではないのかもしれません。

    逆方向からも調べられている

    2019年、別の研究チームがCell Reports誌で、今度は違った角度から調べました(Li et al.)。

    腸内細菌を薬剤で大きく減らしたマウスを寒い環境に置いたところ、熱をつくる働きに関係するUCP1というタンパク質の発現が低下し、褐色脂肪や白色脂肪の熱産生に関わる反応も弱まりました。

    さらに、腸内細菌を戻したり、腸内細菌がつくる物質の一つである酪酸を与えたりすると、その働きの一部が回復しました。

    つまり、

    腸内細菌がある状態と、少ない状態とで、身体の熱づくりに関わる反応にも違いが現れた

    ということです。

    2015年と2019年の研究は、異なる方向から、腸内細菌と身体の熱づくりとの関係を調べています。

    2026年、「どうやって?」まで研究が進んでいる

    研究はさらに進んでいます。

    2026年、Nature誌に発表された研究(Tanoue et al.)では、低タンパク質の食事という条件のもとで、特定の細菌株がベージュ脂肪化に関わる仕組みが調べられました。

    研究では、腸内細菌がつくる・変化させる物質が、

    胆汁酸を介するルート

    と、

    アンモニアを介するルート

    という異なる経路を通じて、肝臓などを経由しながら脂肪組織に働きかける可能性が示されています。

    つまり研究は、

    「腸内細菌が関係していそう」

    という段階から、

    「腸内細菌が何をつくり、それが身体のどこへ伝わるのか」

    という段階へ進み始めています。

    ここではっきりさせておきたいこと

    ここまでご紹介した研究は、すべてマウスを対象とした基礎研究です。

    人間で同じことが証明されたわけではありません。

    したがって、

    「腸内環境を整えれば体温が上がる」

    「特定の菌を増やせば冷えが改善する」

    とは言えません。

    また、脂肪組織の熱産生に変化が起きることと、私たちが日常で感じる「冷え」が変化することも同じ意味ではありません。

    研究で「関係がある可能性」が示されることと、人間の日常生活で健康効果が確認されることは別です。

    ここを混同しないことが大切です。

    この研究は、私たちに何の役に立つのか

    では、

    「マウスの研究なら、自分には関係ない」

    のでしょうか。

    新しい健康法を一つ増やすための研究ではないと思います。

    この研究の面白さは、

    身体は、私たちが思っている以上につながっている

    ということに気づかせてくれる点にあります。

    腸。
    体温。
    脂肪組織。
    食事。
    睡眠。
    活動。
    そして目には見えない微生物。

    健康情報では、それぞれ別々に語られがちです。

    「腸なら腸活」
    「冷えなら温活」
    「睡眠なら睡眠対策」

    と分けて考えた方が分かりやすいからです。

    でも、実際の身体の中では、きれいに区切られているわけではありません。

    さまざまな仕組みがお互いに影響しながら動いています。

    今日からできることがあるとすれば

    新しい食品やサプリメントを一つ増やす必要はありません。

    むしろ一度、

    自分の身体を一日単位で観察してみる

    のはいかがでしょうか。

    たとえば、

    ・何時に起きたか
    ・食事の時間
    ・身体をどのくらい動かしたか
    ・眠った時間
    ・寒さや暑さを感じやすかった時間帯

    これだけでも、

    「夕方になると足元が気になりやすい」

    「寝不足の日は身体の感じ方が違う」

    といった、自分なりのパターンが見えてくることがあります。

    何かをすぐ変えようとする前に、

    まず自分の身体を知る。

    世界の研究は、そのための新しい視点を私たちに与えてくれます。

    人間と微生物が一緒に暮らす身体

    今日食べたもの。

    今日感じた温度。

    今夜の眠り。

    私たちは、それぞれを別々のこととして意識しています。

    でも、その一つひとつが、お腹の中の“住人”ともつながっている可能性があります。

    そう考えると、いつもの一日が少し違って見えてきます。

    私たちの腸には、膨大な微生物が一緒に暮らしています。

    身体を、人間の細胞だけでできた機械として見るのではなく、

    人間と微生物が一緒に暮らす「生態系」

    として眺めてみる。

    そうすると、

    腸、温度、睡眠、食事という、一見バラバラに見えるものの関係も、少し違って見えてきます。

    アップワンでは、

    「温めれば何でもよい」

    という単純な健康情報ではなく、

    世界で何が研究されているのか。

    どこまで分かっているのか。

    どこから先はまだ分からないのか。

    そして、

    その知識を、自分の身体を見るためにどう使えるのか。

    そこまで含めて、これからもお伝えしていきます。

    参考にした主な研究

    Chevalier C, et al.
    Gut Microbiota Orchestrates Energy Homeostasis during Cold.
    Cell. 2015.

    Li B, et al.
    Microbiota Depletion Impairs Thermogenesis of Brown Adipose Tissue and Browning of White Adipose Tissue.
    Cell Reports. 2019.

    Tanoue T, et al.
    Microbiota-mediated induction of beige adipocytes in response to dietary cues.
    Nature. 2026.

    ※本記事は公開されている基礎研究をご紹介するもので、特定の食品・温熱行為・商品等による体温上昇や、疾病の治療・改善・予防を示すものではありません。